2022年08月
感謝の気持ちが心の底から溢れてきて、自然と感謝する気持ちで涙が出ることがあります。
孫っちが1歳になって、娘も仕事に復帰しました。
それと同時に保育園に行くことになりました。
今までお母さんとべったりで家に来ても人見知りでお母さんが立っただけで大泣きしてた子が、1日中知らない環境の中で生活する
お母さんと離れることもなかったので、それはそれは悲しくて不安でいっぱいだろう。
1日目はずっと大泣きして汗だくになってたようで。
2日目には少し遊んでもらって笑顔も見れたと。
3日目には、お友達に笑顔で遊びに行って、仲良く遊んでいると
写真を見せてもらってニコニコして遊んでる姿を見て涙が出てきました。
何かあった時にはいつでも迎えに行くのは私の役目になっていて、毎日ドキドキして待っていたのでした。
5日経っても電話が鳴ることはなくて、慣れてくれてよかったと安心しました。
今はお母さんも働かないと生活できなかったり、仕事の両立を選ぶ人も多い。
待機児童で働きたくても働けない人もいる。
母親から離れて預けるのがどうかと意見はあるだろうけど、私は4人とも一人で子育てして2年保育にしたので、末っ子はほぼ一人っ子で、友達がいなかったのがいけなかったのか、未だにコミュニティ障害で困っています。
何が正解かはわからないけど、あんなに小さくても我慢して一人で頑張ってお友達や保育士さんと仲良くしようとしている。
私の小さい頃は、母が兼業農家で朝から夜遅くまで、仕事と農業の掛け持ちで家にいることがほとんどなくて、おばあちゃんに育てられた。
母親が遅くから生んだ子だったので、おばあちゃんは既に腰が曲がって車はないし、乳母車やバスででかけたり、保育園も1年しか行ってなかったので子育て大変だっただろうなと。
今になって、同じおばあちゃんの立場になって、その大変さと有難みを知り、涙が出てきた。
小さい頃、母に育てられた記憶がないけど、私はそれが当たり前で、祖母が母代わりでおばあちゃん子で、今になって、私はおばあちゃんに育てられて今があるんだと。
母の苦労も知ってるし、母にも感謝してる。
自分が母親になった時には、母の苦労に気づき感謝し、孫の守りをしてくれてとても助かったので、自分も娘の役に立ちたいと思う。
そして、おばあちゃんには大切に育ててもらったので、同じように孫を大切にしようと思う。
無償の愛情をたっぷりと感じて育ってきた私は幸せ者だなあと思う。
娘にも、孫にも、自分がしてもらったことを母や祖母に返せないけど、子供や孫に返していこうと思う。
人生、無駄に生きることは全くない。人生死ぬまで経験と気づきと感謝です。
死ぬまで勉強で、この歳になって初めて感謝することもある。
生きていたら、辛いことも嬉しいことも全てが意味のあることで、感謝することばかり。
孫が保育園で頑張ってる分、預かった時には精一杯の愛情を注ごう!と思ったのでした。
https://pitpa.jp/playlist/4yoursmile804
何度も読んでるけど、当時はまだコロナも走りで、堅ちゃんがここまで出てこないとは思ってもいず、少しの我慢で、またLIVEやテレビにも出てくれるだろうと思ってました。
もう、2年半、堅ちゃんの活動がほぼなくなって、このインタビューを読むと、胸が痛い。
デビュー前から変わらずマネージャーを務めるボッコさん。
楽園が最後のシングルになるかもしれなかったと。
5年間の売れない時代からいきなり2000年にブレイクして、そこからの仕事の入れすぎで、堅ちゃんが疲弊してしまったと
一部引用
「5年苦労していると5年分の恩人がいまして、こちらとしてはお返ししたい素直な気持ちがあるので、そういう人たちからのオファーは全部引き受けて、すると、記憶がなくなるくらい働くことになるわけですよ。だから、僕からしたら、いつ来るんだいつ来るんだと思っていたことではあったんですけど。」
―大滝氏の不安は的中してしまった。平井堅も疲労困憊、しかも「もう歌えない」と直訴されてしまった。
「休ませる以外にないなと思いましたね。話を聞くと、ストレスがとにかく大きかったようで」
2003年にニューヨークで休養
堅ちゃんの初めてのミリオンのアルバム「THE CHANGING SAME」もR&Bにこだわってた訳ではなく、以降のアルバムもその時その時に歌いたい歌を歌ってきただけだと。
引用
―「1曲1曲が勝負」の積み重ねとして出来上がるものが平井堅のアルバムであり、「1曲1曲が勝負」の積み重ねが平井堅の25年間であったのかと尋ねると、「そういうことなのかなぁ」とのことだった。
「時代を読むことは大切ですけど、追い続けられるものでもないし、追い続けるのもどうかと思いますし、だからこれからも焦らず、今まで以上にマイペースに活動していってほしいと、マネージャーの立場としてはそう思ってます。平井の場合、良いも悪いも、歌手を職業にしていない感があって、生活のため、お金のためにやってないとこは昔から変わっていなくて、歌うことが好きだから歌いたい……いや、今はつねにベストな状態で歌いたいという気持ちに変わっていると思うんですけど、そこで僕のやることは変わらないです。彼を作り上げることではなく、ベストな状態で歌えるよう支えていくだけですから。」
これを読んで、ストンと腑に落ちた。
堅ちゃんは、ただベストな状態で歌いたいだけなんだと。
ファンとしては、もっとテレビで見たい、LIVEもやってほしいと焦って要求してしまうけど、ボッコのように、ベストな状態で歌える堅ちゃんを、焦らず待つことが大切なのかと気付いた。
堅ちゃんがしんどくて歌手を辞めたいと思ったのは、2003年と2008年の話は堅ちゃんの口からも聞いた。
もしかしたら、コロナ禍、同じ気持ちになっていたかもしれない。
去年のクリスマス配信ライブで話したことは、堅ちゃんの心からの正直な叫びだったのかもしれない。
最善の状態で歌えるようになったら、必ず出て来てくれるに違いない。
ボッコは堅ちゃんがどんな時も、じっと見守って支えてきてくれてたんだと思うと、堅ちゃんがついボッコを冗談で罵るので、ファンも、冷たく思ってしまうけど、一番理解して、一番堅ちゃんのベストな状態を守ってきてくれたんだと、感謝の思いでいっぱいになった。
何だか泣けてきて。
ソロアーティストが何十年もトップで走り続けるのがどれほど難しいことか。
堅ちゃんは利益も何も考えず、ただ歌が好きなだけ。
それを追求して、妥協を許さない。
歌バカそのもの。
そんな堅ちゃんを好きになったんだからファンも待つのは仕方ない。
今まで、ずっと楽しませてくれていたんだし、毎日聴いても飽きないくらい素晴らしい曲を無限に残してくれてるし。
新しい堅ちゃんを想像しながら待つのも楽しみ。
25周年特設サイト
大滝さんのインタビュー
https://www.kh25th.net/interview/detail24/
お母さんのインタビューも泣ける。
最新のは、アプリがなくても、ブラウザで再生マークダップしてフルで聴けます。
アーカイブを聴くにはアプリをインストールしてね。
https://pitpa.jp/playlist/4yoursmile804
T:ニョッキと米風亭?
K:ニョッキと米風亭


